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ハノイ(2009/03/30)大食

 ホテル近く、昨日繁盛していた店で朝食。黄色いご飯は炒飯と思ったら玉蜀黍?マッシュポテト?が乗っていたのでした。シナモン風味の豚肉蒲鉾のせ。  Dong Xuan 市場に行ってみる。2・3階はどこまでも布地、タオル、既製服売り場。各売り場は間口・奥行き2m、高さ3m位のケージなのに、前の通路いっぱいに陳列していて、閉店中はどこにしまっていたのかと思います。開店準備を見ていたら、ケージの天井までぎっしり詰め込んであるのを一つずつ引っ張り出していました。毎日大変そうとも言えるし、出してしまえば閉店まで店番するしかないとも言えるし、、、。  昨日閉まっていた出版社に行ってカタログもらう。  レー朝の誰かの銅像前で休憩。警察の若者達が訓練中。号令で整列・気をつけ・点呼・帽子を手に持つ・被る動作を練習しているようだけど、なんだかぐにゃぐにゃしている。笑ってるし。射撃訓練中の兵隊達も、ヘーイ、チャオーとか言って楽しそうだった。ま、あまりこういう人達が怖い顔してないほうが良いな。  夜、革命博物館にくっついている大衆食堂・居酒屋で食事。くっついているというのは、敷地内、博物館の壁と柵の間に屋根を渡して営業しています。いいなあこういう得体の知れなさ。先日昼に見たときもこのときも、サラリーマン風の人達がグループで賑やかに飲み食べ喋っています。蛙と大蒜のスープ煮、揚げ春巻き、キュウリ。全部4人前ボリューム(ラーメン鉢一杯、5本、2本(推定))で、美味しいながら頑張って食べつつ、蛙煮のスープでシメのご飯でも、、、と思ったのがダメ押しでした。2合近いご飯がおひつで出てきて、残ったスープでは食べきれず更にスープ頼んで、ハノイ最後の夕食は思いがけず必死の大食いになってしまいました。明日は軽い食事で済ませようと心に決めました(が、そうはならなかった)。  戻って明日の支払額を確認。870,000ドン。 26,000 朝食。ご飯に卵、豚蒲鉾 24,000 コーヒー2杯 1,000 トイレ 85,000 スーパーで茶葉あれこれ、ココナツキャンディー 58,000 昼食。甘酸っぱいスープ、照り焼き風に甘い焼肉のビーフン。初めての味で面白かった。 15,000 コーヒー 181,000 夜。たらふく食べました。 15,000 ソクーロフのDVD(英語字幕) 2,000 ATM手数料 $12 宿 朝の通り...

ハノイ(2009/03/28)

 朝6時過ぎハノイ着。待ち構えていたホテル関係者達の1人にすすめられるまま Elizabeth Hotel にチェックイン。だんなさんは散歩に出るけれど私は寝ます。  14時頃、30分弱歩いて歴史博物館へ。『Ha Noi : Sifting of French Architecture』によるとベトナムとフランスの建築様式を融合した、なんとかという建築家の力作だとか。そういわれて見ればそう見える。  先史時代からずーっと見ていくけれど、個々の展示品には簡潔な英文があるものの(statue of ** , wood とか)、肝心の説明看板はベトナム語のみなので私達には辛い。歴史博物館だからでしょうか、ぱっと見て、すごい!美しい!という感じの展示物ではないので。ざっと通ったら椅子でうたた寝してしまいました。この椅子が良かったです。充分2人座れる広さでクッションもふかふか、一度座ったら立ち上がれなくなったのは私達だけではなく、ガラガラの博物館でここだけは賑わっていました(といっても8人ですが)。  チャンパ彫刻のコーナーがあって、これは見るからに美しい。つい触りたくなる柔らかい線、たっぷりした量感。暗さ、弱さ、不安の影をまったく感じない。今思い出して、形は思い出せない私に浮かぶのは、像の中心から流れ出る線、湧き出る活力のイメージ。刻一刻と生き続けるような。  これまた本で見た cha ca の店に行ってみる。36小路という旧くからの職人・小売街が密集した地域にあって、この店のあまりの人気に、通りの名も看板料理の名に変わってしまった、、、と読んでいたので、類似店が林立していると予想して行ったらそんなこと全然ありませんでした。文具、紙、洋服、玩具店がわさわさ並ぶ中にぽつっと古めかしい建物でした。  店に入ると for guests ONLY ONE DISH IN OUR SHOP のカードを渡されました。浅草あたりにも、こういうのありそう。私達が1組目で、まもなく外国人客で2階は満席。  料理は魚と野菜の炒め揚げ。卓上七輪で炒めたアツアツを米の麺に載せていただきます、、、という食べ方が本来だと思うけど、自信ない。奥の中国人(たぶん)テーブルでは麺も七輪で炒めてました。油と魚の味付けに秘伝がありそうで美味しいのだけど、お一人様100千ドンは高いなぁ。本の通りだ。 Char c...

フエ(2009/03/27)夜行バスでハノイへ

 今日がフエ最終日。  朝食は、ホテルの受付に貼ってある「食べ歩きガイド」(手書き、日本語)のbun bo hueをと思って探すけど店(露店)は見つからず。昨晩も見つからなくて、朝だけやってるのかもと希望をつないだけど、だめでした。じゃぁ他の店で、となると、bun bo hue の看板はあちこちで見た気がするのに、案外見つからず、橋渡って市場の端まで歩くことに。健康ウォーキングの人達に混ざって。  チェックアウトだけど自転車を借りて、バス出発まで市内巡り。チェックアウトのとき、受付にホイアンで見た人がいました。道を聞かれた日本人女性でなく、髭モジャ中年の黒人男性。楽しそう~に自転車漕いでいたので覚えてたんですが、すごい大荷物。スーツケース、大型ショルダー2つ、リュックサック、手提げ。手伝いの人に運ばせてました。行く先々で人を雇うのかしら。取材旅行?商用?富豪?  ベトナムを移動してると、別の町で見た人にちょくちょく会います。普通の観光してると行く町も見所も同じなんだなぁ。のんびりしようと思っても3日くらいで「見るものは見ちゃったし、そろそろ移動かな」ってなるのも同じなんだろうなぁ。フエのパゴダを制覇(無理)、とかに取り組めば違うけど、要は普通の(多くは現役の)神社仏閣ですから、、、。  さて、改修のため閉鎖中の王宮博物館が仮店舗で営業中ということで、見に行きます。ホテル、シクロ、バイクタクシー、誰も仮店舗の場所は知らず(というか、王宮博物館のこと自体知らず)、博物館前の張り紙をもう一度見に行くことに。観光業の誰かは知ってるだろうと思ってメモしなかったんですよ。どこの美術館、博物館もガラガラで、あまりベトナムでは受けないんでしょうか。常設展しかなさそうだったからリピーターがいないのか。  張り紙で通り名、番地はわかりました。問題は通りのどっち端か。かなり長い通りの160番地(?うろ覚え)、、、賭けは外れて、1番地に着いてしまいました。各建物に打ち付けてある番地札を見ながら行くと、結構飛び番がありますね。数軒が建っていた土地に大きな建物1軒建てたのでしょう。36/A, 36/B というのが逆の場合かな?だから、通りの片側は奇数、反対が偶数、でも36の向かいが57とか、ずれていることもしばしば。番地を振り直したらしく、1軒に2つの札がついていたことも。  王宮博物館の仮店...

フエ(2009/03/26)

 今日こそ朝焼けを見ようと4:45に起きたけれど、洗濯などするうちに明るくなってしまいました。ともかく橋まで散歩。中年のウォーキングする人達が沢山、橋の上は若者が沢山。いつ寝るんでしょう。昼寝?シクロに露店道具と奥さん(たぶん)というカップルが何組も。なるほど自家用車を兼ねるなら日中いくら暇でも手放せないですね。しかし重そう、、、大きな鍋にスープを入れてあるんだもの。  6時集合でDMZツアー。ベトナム戦争で南北間の衝突が最も激しく長かった地域、、、らしいですが、ガイドの英語を半分も聞き取れなかった私達には、のどかな(何も無い)山、川、村を巡るツアーでした。ベトナムの人達の英語は語末の子音が落ちがちなようです。『旅たび会話 ベトナム語』に”末子音...口の構えだけして声を出さない”というあたりと関係するでしょうか(子音は(軽いけど)発音されているように思いますが、旅たび会話は”声”で母音を指しているのかな)。  DMZツアーのハイライト、Vinh Moc トンネルにはしかし説明無用で圧倒されました。戦争時に防空壕として掘られたそうですが、最深部は地下27m、全長数km、全生活を(井戸や牛まで)地下で行う構成。地上が爆撃で焼け野原になったときも崩れなかった。地質も適していたとはいえ、計画・指揮の優秀さ、実際に掘った人達の、、、何というか、不撓不屈さを思わずにいられません。戦争はひどくなる、何年も続く、と確信して、なお運任せでなく断固生き抜く意思がなければ、できないことでしょう。  市内随所に「1975.3.26-2009.3.26」の看板を見かけ、市役所?前でイベントやっていたので見物。共産党関係のようですが、サイゴン陥落は4月30日だし、何の記念日でしょう。宿の人に聞いても「お祭りですね」だけでした。出し物は地元青年の喉自慢。一応友達が出るから、、、という感じの観客。  「ベトナムナビ!」の越日辞書に助けてもらおう。 nhiet liet 熱烈な chao mu'ng 歓迎 ky niem 記念 34 nam 34年 ngay 日 giai phong 開放する que hu'o'ng 故郷 thu'a 旧仏印時代の書記官, 十分である, 過度に, 古着, 全く, 利用する, 応じる, 従う thien 部 hue フエ thua t...

フエ(2009/03/25)

 ホテルで自転車を借り、ひとまず鉄道駅の方へ。朝食を食べてしまって、残り7日どうするか、そろそろ悩みます。カフェの小母さんに「何日いるの?」と聞かれ「7日」「フエに7日??!」、、、確かに7日も観光するものは無いです(でも結局5日いました)。  カフェのおばさんに薦められた Thien Mu Pagoda まで3kmサイクリング。これは爽快でした。川沿いの広い道で、車も少ないし、対岸はいかにもベトナムの農村な風景。道の看板が Linh Mu Pagoda と書いてあるので不安になって何度か道を訊いてしまいましたが、着いたら両方併記されてました。理由は不明。same, same だそうです。  パゴダは静かな雰囲気。装飾、色使い、屋根の形など大げさでなく軽やかでした。立派な盆栽が、大きいものは直径2mの鼎に樹高も同じほどで、これも盆栽だとしばらく気づかなかったですが、幾つも並ぶ庭は散策が似合います。  その後は宛てなく市内サイクリング、寺めぐり。フエには教会が多いように思います。これはフエに限らないけれど、犬も多い、というか家や店の前に居るので目につく。20~30mに一匹は居る見当(数えてみました)。北上するにつれて大きい犬が増えた気がします。  今日は怖い橋を2つ渡りました。1つは鉄橋で、車道の両脇に一方通行の自転車・歩行者用通路がありますが、通路の中央が擦り切れたようで、穴は開いてないからまだまだ大丈夫と思いつつもヒヤリとしました。でも、2つ目のほうが怖かった。横板に留め金が渡してあるのだけど、あちこち外れてるし、足ぐらい抜けそうな穴も開いてるし。  それから、ベトナムで3件目の交通事故に遭遇。バイクとタクシーが衝突して、バイクが転倒。日本で30年暮らして直接事故を見た記憶がないのに比べると、やはり多いのかもしれません。フエはこれまで通った町よりは(ホーチミンよりも)信号が機能していると思いますが。 40,000 自転車1日×2台 10,000 朝食。油揚げ?揚げ小魚、ピーナツ等の麺 16,000 コーヒー2杯 102,000 昼食。たまにはレストランで、、、でも今一つ良い店を見つけられない 500,000 翌日のDMZツアー 360,000 ハノイへの寝台バス 10,000 チェー。私はフルーツ盛り沢山、彼は煮豆系。 15,000 夕食。朝食の麺がご飯に代わって...