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HHKB Studio US配列 キーマップ変更

長年 HHKB 欲しいけどトラックポイント無いしな……と見送ってきた Thinkpad ユーザーですが、 HHKB Studio の登場でその制約も無くなり、my Thinkpad のキーが幾つか死んでる状況でもあり、とうとう手に入れました。一生使う所存。

 打鍵感は実をいうとそこまで感動しなかった。残念 (Thinkpad いいよね)。

Thinkpad 未経験の息子たちは感動してた。次男には iPad+logitechの K480 を使わせてたけど、もう HHKB でしか入力したくない様子。まぁ K480 打ちづらいしカシャカシャうるさいもんね……軽くて手頃で子ども向けに良いと思ったんだけど、iPad スタンドとして余生を過ごしてもらうことになりそう。

そしてマウスキーのカシャンッっていう打鍵感 & 音がやや気になる。 他のキーのスコスコ音は静かとまでは言えなくとも気になるほどではない (Thinkpad いいよね)。

 キーマップは色々な人のおすすめを見比べつつこのように設定しました (US配列):

  • スペースキーの左右を Fn-Alt-Space-Alt-Win に
    • 左 Fn+hjkl のカーソル移動をしたいから
    • Alt は多用するので使い慣れた位置がいい
    • Windows キーは使用頻度低いので押しにくい位置で構わない
  • 半角/全角切替は IME の設定で「Shift 単独押し」
    • Alt+` と併用
  • Fn+hjkl でカーソル移動、その周辺に Page Down/Up、Home、End
    • 初期設定だと、手がそこまで大きくないのでホームポジションから遠い
    • 元々の設定値は右側へ移動
    • "Fn+<" が空いたので Delete を割り当て(押しにくい Fn+`と併用)

これでほぼホームポジションを保てるようになりました。

 範囲選択 Shift+矢印、Ctrl+Shift+矢印も、Fn・Shift・Ctrl を必要に応じて小指で同時押しすればいける。コンテキストメニューも Shift+Fn+0 で出せる。

 しばらくこれで使ってみます。記号の日本語配列 → US 配列の違いは慣れるしかないですね……。

あと

  • DIP2 を Up(ジェスチャーパッド OFF)
    • 手のひらで触っちゃったり誤動作しがちで、必要性も感じなかったので OFF。
    • ジェスチャーパッド無しで少し軽く少し安いタイプがあれば良かった。
    • 人によっては便利なのかな……私の手には遠いし、ジェスチャーパッドでできること全部キー操作でできるから……。
  • DIP5 を Up(Delete キー =Backspace)
    • Down のまま使ってる人何パーセントいるのかな? 


パームレストは必要だけど、その辺にあった板切れで支障なし。いずれ切ったり削ったり改良しよう。

ちょっと指が疲れる感じがあり、キースイッチを交換したくなる日が来るかも。

2024/4/6追記

ブラウザの戻る (Alt+←、つまりこのプロファイルだと Fn+Alt+h) が Windows には ウィンドウ左寄せ (Win+←) と認識されてしまう……と困っていたのだけど、WinとAltを入れ替える設定を「標準」だけでなく「Fn1押下時」にもする必要があったのだった。なるほど……。

でも結局、Fn2+h を Alt+← に設定した。ブラウジングは右手で完結したいので。左手は何をしてるかというと、頬杖ついてる。機能的に無意味なようだけど、気分的に必須なんだ。

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