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緊張の初日(2009/09/02)ハバナ

 いよいよキューバ行きで緊張する。ロンドンで(7月に!)早々とLonely Planetを買って2度熟読するほど。なぜだろう。他のどの国よりスペイン語しか通じなさそう、というのはあるし、やっぱり資本主義社会とは物事のすすめかたが違うだろうと思うからか。
 といってもガイドブックの「持参すべし」グッズから採用したのは虫除けだけ。それで別に困らなかった。2週間だし、コロニアルタウンしか行かなかったから。1ヶ月以上、本当の田舎を旅行するなら、ガイドブックの言うように懐中電灯とか粉末ゲートレードとかピーナツバターとか必要なのかも。他には、メキシコ旅行中から野菜不足による?貧血を感じていたのでビタミン剤。私は持っていって良かったと思う。野菜すごく少なかった。

 クバーナ航空の小さな飛行機は、スラブ文字にスペイン語を書き添えてある「YAK-42」。日本語話者にはかなり不吉な印象。離着陸時には床から霧が立ち上るし、リベット周りは錆っぽいし。揺れるたびにヒヤヒヤする。中でも私が一番おいおいと思ったのは、消火器がスラブ文字表記!いったい何年前のもの?!消火器ってたしか賞味期限みたいのあったはず、、、。
 しかし、万年経済危機のキューバに航空機を買い換える余裕などないだろうと思う。経済制裁が人命を脅かすことを、我が身におよんでようやく実感した。

 失礼ながら食べ物なんか出ないだろうと思っていました。実際は、飴とクラッカー(カナダ製)と飲物が出ました。飴は最後列の私の前で品切れになってしまったんだけど(連れはもらった)。

 空港は薄暗く、職員はたくさんいるのに入管窓口を1つしか開けず、他の人はお喋り。手術着みたいな緑色の制服といい、いかにも社会主義っぽい、、、と思ったら、単に私達が出遅れただけで次の便が来たら皆スタンバイしたし、地味な制服に不釣合いな網タイツの流行はせめてものおしゃれか、と思ったら、単に派手好みな私服の名残だった。結局、空港が一番"いかにも"な所だったな。

 同じ便で来た日本人2人組に声をかけてもらい、タクシー乗り合いで旧市街へ。彼らは目当ての民宿(貸間)を見つけてきてたけど、私達は何の計画もなし。とりあえずガイドブックの紹介に従って歩く。
 客引きを挟むと自動的に5CUC(600円)値上がりするというので、次々寄ってくるのをかわし続けて目的の建物前にたどり着いた。ところが、その入り口にいたおばちゃんに、同じ建物の(そのときはよくわからないまま)別の部屋につれて行かれ、結局20+おばちゃん取り分5CUCになってしまった。本当の目的地まであと一歩だったのに悔しい。だって全く案内ですらないのに!女の客引きは珍しくて油断した。
 またこの貸間が、、、家事が苦手そうで夜遊び好きそうな若夫婦による運営で、水が出ないとかゴキブリとか朝誰も起きてこないとか、ちょっと困った所だった。良心的であろうとはしていたけど。しかし6畳2間+小さなキッチンと洗面所、元は高い天井を中二階に区切って寝室確保、という間取りに何人住んでいるのか、、、少なくみても3、4人。その1部屋と洗面所を占有してしまうのは、当人達が商売でやっているとはいえ、しんどい。

 その後、海岸であんちゃん2人組にたかられ、食堂につれていかれ、12CUCの出費、という典型的な?ハバナ初心者の過ごし方で初日は終わった。

 そうだそうだ、建物がきれいだったんだ。古いものが何もされず残っているから、現代建築メインのマドリッド以上に純粋美的。革命前は相当あぶく銭の集積地帯だったんだな、、、革命時点で建物あって良かったね、が最初の感想。

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