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セルビア(2009/05/16-19)

晴れ。

 スコピエからバスでレスコヴァッツへ。
 15時過ぎ発でまぁ夕飯時には着くだろうと思ったら20時過ぎでした。焼肉店が軒を連ねていると思ったら薄暗い駅前でした。タクシー溜まりの人達は中華料理が食べたいんだな?と言っていたようですが(キネージレストラン位は判ります)、何とか英語が話せる若者を呼び立てて我々の意図(焼肉が食べたい)を知ると、"ABCレストラン"を満場一致で勧めてくれました。しかし外観がシックな紫の迎賓接待調だったので自粛・敬遠して、といって何も見つからずとぼとぼ歩いていたら緑ポロシャツ青年が助けてくれました。
 今日はミュージアム・ディ(で、ミュージアムは深夜まで開いているし、音楽やパフォーマンスもあるよと。あぁグリルはこの町が発祥で自慢にしてるよ。すぐそこの KOSARA が良いよ。教会の裏に良いホテルもあるし。
 KOSARA で白ワイン、サラダ、名物ロシュティ、羊肉煮込み、サルマ、コーヒーとデザート。戸口に3人楽隊付き。確かに肉は味が濃く柔らかく味付けはきつすぎず。
 ほろ酔いだし夜遅いし教えられたホテル(Chermanovich ?)に値段も聞かず泊まって、久し振りに足が伸ばせるバスタブに満足しました。50ユーロでした。

 翌日せっかくなので町をぐるりと散歩。人少ない。ハンバーガーうまし。苺があまりに美味しそうで500グラム買います。プラパックなんかじゃなく山積みのをスコップで量ってくれる。日本のみたいに粒ぞろいでも甘くもないけど、これで100ディナール。約140円。


 ニシュへはバスで1時間半。高層ビルもある割に大きな町。人口は20万人?ユーゴスラビアの工業製品生産地だったそうで、巨大な団地建物や凝った装飾の商業ビルはその名残でしょうか。今は商業と観光。川があるからか過ごしやすい雰囲気でした。
 バスターミナルで私達を見かけて追いかけてきて(君ら速くて追いつかなかったよ)、ホステルまであと30メートルを案内してくれた人、全く言葉が通じないのに道案内してくれたおじいさん、ホステルの2人のヴラディミル、ありがとう。セルビア語が少しでも話せれば大分楽しく過ごせただろうと思います。
 骸骨塔はかなり剥落していて思ったより衝撃的でなかったです。4km歩いて行ったのに(まぁそれは好きでやってることで、バスがあるんですが)休日か休み時間かで断られましたが、しばらくしたら別の集団が粘り勝ちで開けてもらったので便乗しました。
 グルマンスカ(チーズ・ベーコン入りハンバーグ。美味しい!)屋台がモクモク煙あげてるのも見たし、キュートなYUGO車も沢山見たし、ほとんどムースだとマケドニアガイドで読んだココアも期待通り濃かったし、そうは言ってもなかなか楽しかった。
 馬車が現役。
 さくらんぼがあまりに美味しそうで1kg買って140円!さくらんぼで満腹なんて初めてです。同宿の人もボウル一杯買って黙々と食べてました。

 ブルガリアへもバスで、というか、15人乗りワゴンで。真っ赤なフォルクスワーゲン。

レスコヴァッツ。
マケドニアもそうですが、テラスや窓格子、フェンスのデザインが多様で面白い

あとはYUGOばかり。








ゴミ箱より小さい?!
マンションの存在感。

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